2009年11月03日

時代の変化?

 他人の目のある場所での授乳はマナー違反か−。
NHKラジオを聴いていたら、こんな話題で盛り上がっていた。…


2009年11月2日付けの世界日報のコラムの始まりの文です。
筆者は、自身の子供時代、授乳の光景はどこでも見ることができたし、周囲の人たちがほほえましく見守る光景だったと書いております。しかしながら、「人前の授乳はマナー違反で不愉快」との投書が紹介されていたと。

不愉快…ですか…
 ? ? ?

世の中広い…ですね。私のものさし(価値観)の外からやってきました。「不愉快」なんですね。私も、実際に見たことは無いけれど、マンガやドラマで、ほほえましい風景のイメージがとても強かったので、驚きました。

その投書をしたかたはどんな人でしょう?子供がほしくてもできなかった方なのでしょうか?ねたましく思ってしまうのでしょうか?それとも、人前で肌をさらすのははしたないと思うのでしょうか?それとも、その方が目撃した、「授乳してる姿」はほほえましいと思えないような光景になっていたのでしょうか?

このコラムは続けて、(東京新聞での記事の引用で)ある授乳室にて、4〜5人の授乳している若い母親が全員、赤ん坊ではなく、携帯電話の画面を見つめていたという光景を紹介しています。

これは、ほほえましくないですねっ

これは時代の流れなのでしょうか?

授乳の間の母子の情交流がないようにみえるのも、時代なのでしょうか?それはしあわせ?
091103Baby.jpg

人は自らが受けた分の愛情しか、人に注ぐことはできないともいいます。
この母親達は、赤ちゃんの時、そんな愛情をもらってこなかったのでしょうか? そうだとしたら、かわいそうだと思います。その赤ちゃん達もかわいそう。

統一原理では、「愛情の流れの原理」を解説しています。
家庭では、神様から来る愛情の主要な流れは、まず夫から奥さんに流れ、奥さんから子供に流れるのが、「自然の流れ」となっています。
奥さんから子供にふんだんに愛情が流れるように、私も頑張っていきたいと思った次第です。
「あすへのノート」
 他人の目のある場所での授乳はマナー違反か−。NHKラジオを聞いていたら、こんな話題で盛り上がっていた。私が子供のころ、赤ちゃんにおっぱいを与える母親の姿はいろんな場所で目にしたもので、周囲の人の心を温める光景として、日常生活に溶け込んでいた。もちろん、それを咎める人はいなかった。
 電車の中であろうと、病院の待合室であろうと、おなかが空けば、赤ちゃんは泣き声をあげる。最近、さまざまな場所に「授乳室」や、おっぱいと赤ちゃんを隠してしまう「授乳服」なる便利なものができて、赤ちゃんに乳首を含ませている光景を目にすることは少なくなったが、それらは母親が恥ずかしい思いをしなくていいようにという配慮からできたのだと思っていた。
 ところが、番組では、人前での授乳はマナー違反で、「不愉快だ」という女性からの投書が紹介されていた。そうなると、授乳室や授乳服は母親のためだけでなく、他人に不快感を与えないという利点もあるわけだが、授乳する姿をほほえましく感じないばかりか、不愉快だという女性がいることには驚いてしまった。
 一方、東京新聞(10月30日付)に、孫にミルクを飲まそうと授乳室に入ったら、そこにいた4、5人の若い母親が全員、携帯電話の画面を見ながら授乳させていた、という主婦(68)からの投書が載っていた。男の私は、授乳室に入ったことは無いが、今時の若い母親ならありそうな話である。
 私の記憶に残るのは、無心におっぱいを飲む赤ちゃんの顔をじっと見つめる母親の幸せそうな顔ばかり。授乳は、母親と赤ちゃんの濃密なコミュニケーションだったのだ。それが今や、母親は誰かにメールを打ちながら、赤ちゃんそっちのけだという。もしかして、その授乳は赤ちゃんの為というよりも、おっぱいの張りから解放されたくてやっているだけなのでは、と疑いたくなる。(森)
世界日報】より引用
posted by いち at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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